日経新聞「あすへの話題」 2015年11月4日

11月8日は立冬、この日から来年2月2日の節分までが暦の上の冬となる。毎年今頃になると天気図には西高東低の冬型の気圧配置が現われ、シベリアからの寒気が北西の季節風となって先月24日〜25日のように関東や近畿地方に木枯らし1号をもたらす。また、この冷たい季節風は日本海側の地方や京都にしぐれを降らせる。しぐれは晩秋から初冬にかけて降ったり止んだりするにわか雨だ。シベリアからの冷たい北西風は、比較的温かな日本海を渡りながら雨雲を作り日本海側にしぐれを降らせ、その残りの雨雲があまり高くない京都の山々を越えて京都盆地にやってくる。京都ではしぐれの雨雲が北の山々を越えてやってくることから「北山しぐれ」と呼ばれ、もともとしぐれといえば「北山しぐれ」のことを指していたという。雨雲はしばし青空をさえぎり、サ—と冷たく風情ある雨を降らせて通り過ぎ、また日が射して青空がのぞく。紅葉を散らして降るしぐれに、人々は名残り尽きない秋の終りを実感する。
 少し前に学生達にしぐれについて質問をしたところ、90人のうちこの言葉を知っていると手を挙げた学生は4人と意外に少なかった。若い人には関心が薄いが、しぐれの語は本のタイトルや和菓子、佃煮の名にまで使われ、年を重ねるほど「しぐれ」を好きになるのではないかと思われるふしがある。「しぐれ」は大和ことばで文字が伝わる以前からあった言葉の一つだ。「し」は風を表し「風と共に忽然と降っては止む雨」の意もある。調べるほどにこの言葉には、日本人の自然観やものの考えかたなどが織り込まれていて興味は尽きない。
 一村のしぐれ始まる峠口  石 寒太

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