日経新聞「あすへの話題」 2015年9月16日

 〜月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月〜アナウンサーになりたての発声練習に出て来たこの歌が、中秋の名月を歌ったものだと分かったのはずっと後になってからだ。読み人知らずらしい。
今日は三日月、21日が上弦の月、少し先の27日が旧暦8月15日で中秋の名月となる。秋の満月は、高度の低い夏の満月や振り仰いで見る冬の満月とは違い、ちょうど斜め前方の目の高さにあって、澄みきった空にしみじみと輝く。
 月見の習慣は平安時代に遣唐使によって中国からもたらされた。それ以前は土俗的信仰からか、夜を支配する月は霊魂を招いたり不吉をもたらす存在として、特に女性には歓迎されなかった。竹取物語や源氏物語にも「月の顔見るは忌むこと」などという言葉が出てくる。
中国でもはるか伝説の時代から月のイメージは決して良いものではなく、不老長寿の薬を盗んで月へ逃げた女仙人が蟇(ひき)蛙(がえる)になって住んでいたりした。ところが唐の玄宗皇帝の頃になると、月を見る人々の感性が大きく変わり、盛んに観月が行われるようになった。特に中秋の名月は詩情を誘う美しいものとして白居易はじめたくさんの詩人たちが詩を作った。
それらが日本に伝わるとたちまち文人たちの心を捉え、月は詩や歌に詠われ、「枕草子」や「源氏物語」にまで深く影響した。この時期、日本では生憎(あいにく)秋雨や台風のと重なり名月が見られないことも多い。が、十六夜の月や十三夜など日本ならではのいろいろな月見の機会が工風されている。月はそれだけ愛されているのだ。
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